9.4 ポジショニングと知覚マップ概要

9.4.1 ポジショニングについて

企業におけるマーケティング諸活動は、差別的優位性を獲得するための戦略に従って一貫性を保って提供される必要がある。そのための具体的な枠組みがSTPである。8章では、主にセグメンテーションとターゲティングとの関係から、クラスター分析のやり方を紹介した。ここからは主にポジショニングに着目し、消費者の知覚に基づく企業(または製品)ポジションの可視化について紹介する。

ポジショニングとは、セグメンテーションとターゲティングの後、企業の製品や提供物を決定し、市場において特有のポジションを専有するための過程である。なお、この段階においては、製品やサービスを開発するだけではなく、自社が消費者のニーズを満たし、独自性を有するものだということを消費者に伝える必要がある。しかしながら自社の戦略とそれに準ずる製品属性を決定したからと言って、それによって自動的に企業のポジションが確立するわけではない。製品が消費者にどのように知覚されるかが問題になるため、消費者の知覚や評価に基づき、自社のポジションを理解する事が重要になる。

9.4.2 知覚マップ

製品やサービスの特徴について、消費者知覚に焦点を合わせたポジショニングツールを「知覚マップ」という。知覚マップは市場に存在する企業・製品に対する消費者の認識の視覚的表現である。知覚マップの作成は、ある製品に関する(1)競合ブランドを特定する、(2)重要な製品属性を特定化する、(3)消費者の製品属性に関する評価をアンケート調査等から得る、(4)統計的分析を実施しプロットを描く、という段階を経る。例えば、製品の価格と品質の2点に関する消費者からの評価を製品 A, B, C, D について集計しプロットした結果、図9.4 のような知覚マップを得たとする。このとき、AからDの各円は消費者による評価の集計結果を示していると考える。また、企業Aの狙いが点線で囲まれた黄色い楕円であったとする。この場合、A社の想定よりも品質が低く評価されていると言える。このように、企業自身が想定ないし目標としているポジションと消費者からの評価とが一致しない場合もあるため、企業は消費者からの評価について捕捉し理解する必要がある。

知覚マップ例

Figure 9.4: 知覚マップ例

そのうえで、我々消費者はどのように製品やサービスを知覚・評価しているのだろうか。消費者がある製品を購買する際、通常いくつかのブランドを購買候補として着目し比較を行う。その際に消費者は、それらの各ブランドがどのような特徴を持つものかについて知覚を構成する。例えば、我々が製品を語るとき、「コスパ(コストパフォーマンス)が良い」や「高級感がある」といった漠然とした印象を用いることが多い。しかし、これらの製品に対する印象は通常、製品に関する複数の異なる要素を観察することで形成される。例えば、「コスパが良いノートパソコン」という印象の背後で、消費者は製品のCPU、ディスプレイ画質、操作性、デザインなど、様々な要素を複合的に評価しているはずである。これらの製品に関する要素は属性と呼ばれ、製品は複数の属性の束として考えられる。製品開発を行う企業においても、企業やブランドレベルでのマーケティング戦略や目標を実現するために具体的な製品属性を決定していくことが、マーケティングにおける意思決定の原則である。

複数の製品属性について知覚マップを形成しようとすると、情報が複雑になり、解釈も難しくなる。そのため、各属性の特徴の背後には抽象的な概念(上述では印象という言葉を使った)が存在すると考え、その概念を捉える形で各属性についての情報を集約し、解釈を行うために「因子分析」を用いる。例えば、製品の高級感という印象は抽象的な概念として捉えられ、この概念自体は観察できない潜在的なものである。しかしこの潜在的な概念は、製品の価格や品質、外観といった様々な観察可能な属性に影響しているはずである(図9.5)。このように、製品の各属性に対する評価をある漠然とした概念として集約することに役立つ分析手法が因子分析である。以降の節では、因子分析の概要とその応用としての知覚マップの作成に焦点を合わせることで、企業が自社のポジションを把握するためのリサーチ手法を紹介する。

概念と属性例(高級感)

Figure 9.5: 概念と属性例(高級感)