9.1 本章の概要
マーケティングや消費者行動研究領域では、心理尺度を用いて消費者の状態や反応を調査することが重要である。心理尺度に関する基本的な考え方や尺度例については田頭(2025)を参照してほしい。調査者の立場に立てば、「自身が採用する心理尺度がきちんと想定している概念を捉えているのか」や、「一つの概念を捉えるために用意された複数の項目はきちんとまとまるのか」といった疑問に対して、データを用いて対応したいと考えることもあるだろう。このときに用いる手法が因子分析である。
本章では、探索的因子分析と呼ばれる分析手法について紹介する22。そのうえで、ここでは主に二種類の因子分析の利用方法について紹介する。第一に、因子分析の最も基本的かつ一般的な方法で、心理尺度の構成やまとまりを検討することを目的とした方法である。第二は、マーケティングにおけるポジショニングについて検討するための因子分析の応用について説明する。この方法は実務的なマーケティングリサーチ法の一環で紹介される方法である。
心理尺度を構成する際には、各項目がその背後に想定している概念をきちんと捉えているかを検討することが重要である。その検討においては、概念的な議論に加え、統計的な分析により確認することが求められる。因子分析は、尺度の全体的な構造を統計的に検討するための手法として使われる。本章は、このような因子分析の基本的特徴を踏まえつつ、マーケティングへの応用についても紹介することを目的とする。なお、ここではRを用いた因子分析の実行に焦点を合わせるため、因子分析の基本や統計的な議論については別途テキストを参照してほしい。そのうえで本章では特に以下の三点について注意しながら説明する。
第一に、複数の因子を想定する場合の因子分析法について、二因子モデルを例に取り説明する。ここでは複数の因子を想定する際に特に注意が必要となる因子軸の回転と、因子数の決定について説明する。因子分析では、解釈が容易になるよう(単純構造化するために)軸の回転というテクニックが用いられる。ここでいう単純構造とは各変数が1つの因子だけから強い影響を受け、他の因子からの影響が0に近くなるように見える構造を意味している。本章では、これらのアプローチについて紹介する。
第二に、因子数の決定に関する判断について説明する。因子数の決定では、各因子の固有値を用いた判断基準を紹介する。因子分析を用いた研究では固有値が1以上の因子をモデルに含めるという基準が慣習として採用される。固有値は直感的には、項目何個分の情報量を因子が有しているかを意味する。これに加え、因子数と固有値との関係を図示化したスクリープロットも活用することが一般的である。これにより、因子数を増やすことによる固有値の変化量にも着目し、著しく固有値が下がっている項目については除外するなどの判断に活用される。
第三に、因子分析の応用先として本章が着目するポジショニングと知覚マップを説明する。ポジショニングとは、セグメンテーションとターゲティングの後、企業の製品や提供物を決定し、市場において特有のポジションを専有するための過程である。しかしながら自社の戦略とそれに準ずる製品属性を決定したからと言って、それが自動的に企業のポジションを約束するわけではない。ポジションの確立には、消費者がどのように知覚するかが重要になる。そのため、消費者の知覚や評価に基づき、ポジショニングを理解する事が重要になる。
最後に、消費者に回答してもらったアンケートデータをもとに因子分析を行い知覚マップを作成する方法を紹介する。多くのテキスト等で紹介、共有されている知覚マップの作成方法やそこで利用されているデータは、すでに企業レベルで集計されている事が多い。しかしながら、各消費者が回答したアンケートデータセットと、企業レベルでのポジションを示すための知覚マップ用のデータセットではデータの構造が異なる。本章では、このようなデータ構造の変換も含めて、実践的な分析手法について紹介する。
因子分析には、確認的因子分析(Confirmatory Factor Analysis)という手法も存在する。確認的因子分析は、探索的因子分析や先行研究などに基づき、因子の数と因子負荷量について仮説的な構造を想定し、その構造をデータに基づき検証する方法である。本書では省略するが、学術的な研究では広く採用されている手法であるため、川端ほか(2019)などを参照してほしい。↩︎