5.4 重回帰モデル

本章のこれまでの内容では、回帰分析の概要や係数の検定・推定について説明した。回帰分析を実行することで得る情報は前節の内容がほとんどなのだが、モデルの特定化に関して、もう一つ重要な点が存在する。それが本節で扱う重回帰モデル(multiple regression model)の採用である。重回帰モデルとは、二つ以上の説明変数を含む回帰モデルのことである。一方で、前節で扱ったような説明変数が一つの回帰モデルのことを単回帰(simple regression model)という。回帰分析を用いた研究を行う際には、基本的に単回帰分析ではなく、重回帰分析を実行することが好ましい。通常の分析においては、ある被説明変数に対して考慮すべき説明変数は一つだけではなく、複数の説明変数を考慮すべき状況が多い。しかし、分析に不慣れな学生においては、複数の説明変数に関心がある場合であっても、複数の単回帰モデルを分析することで、それぞれの変数についての分析結果を得ようとすることが散見される(例えば、三つの説明変数の影響を捉えるために単回帰モデルを三本分析する等)。しかしながら本書では、基本的にはこのような分析アプローチは好ましくなく、複数の説明変数を含めた一本の重回帰分析を実施すべきだと主張する。

5.4.1 重回帰モデル概要

ある成果変数を説明するために、複数の説明変数が必要になることは、マーケティングリサーチにおいても珍しいことではない。例えば、ある製品のパフォーマンスを月次売上高で測るとする。マーケティング部門として、売上高に対してプロモーション施策がどれだけ貢献しているかを分析する際、プロモーションと売上高の関係を回帰分析で捉えるというアプローチが実現可能な分析方法として考えられる。

しかしながら、売上高を説明する変数はプロモーションだけで十分だろうか。マーケティング変数に着目するだけでも、価格や製品品質、流通網など、異なる変数が売上に関係していることが考えられる。例えば、一見プロモーションによる効果のような結果を得たとしても、実際にはその製品の価格による影響であり、プロモーションそのものにはあまり効果がないかもしれない。そのため、他の要素の影響を排除した上での純粋なプロモーション効果を明らかにすることは実務的に有意義な研究課題となりうる。そして、このような研究課題に対応する分析方法が、重回帰分析である。

重回帰分析においても単回帰同様、回帰モデルを記述することができる。k 個の説明変数を含む重回帰モデルは、以下のように示される。

\[ y_i = \beta_0+\beta_1x_{1i}+\beta_2x_{2i}+...+\beta_kx_{ki}+u_i \]

論文やレポート内に重回帰モデルを記載する際にも、多くの場合上記の誤差項を含む理論モデルを用いる。

5.4.2 回帰係数の解釈

ここからは、重回帰分析の係数の解釈について説明する。ここで説明する解釈は「なぜ基本的には重回帰モデルを採用すべきなのか」を理解するために重要な内容である。結論から述べると、重回帰分析における説明変数の係数は、「説明変数が持つ変動のうち他の説明変数とは無関係な変動だけを抽出し、被説明変数との関係を分析している」と解釈できる。この特徴が、同モデル内の「他の変数の影響をコントロールしたうえで」説明変数が被説明変数へ与える影響を捉える方法として、学術的にも実務的にも活用されている。

重回帰モデルにおける各説明変数の係数は、パーシャル効果として解釈できる。以下では、このパーシャル効果の直感について、Wooldridge(2012)を参考に説明する。まず、以下のような説明変数が二個である重回帰モデルを考える。

\[ y_i=\beta_0+\beta_1x_{1i}+\beta_2x_{2i}+u \] そして、上のモデルにおける予測値は以下のように示すことができる。

\[ \hat{y}_i=\hat{\beta}_0+\hat{\beta}_1x_{1i}+\hat{\beta}_2x_{2i} \]

このとき、説明変数 \(\small x_1\)\(\small x_2\) の変化をそれぞれ、 \(\small \Delta x_{1i}\)\(\small \Delta x_{2i}\) とすると、予測値の変化(\(\small \Delta \hat{y}\))は以下のように表すことができる。

\[ \Delta\hat{y}_i=\hat{\beta}_1\Delta x_{1i}+\hat{\beta}_2\Delta x_{2i} \]

ここで、\(\small x_2\) を固定(\(\small \Delta x_{2i}=0\))すると、以下を得る。

\[ \Delta\hat{y}_i=\hat{\beta}_1\Delta x_{1i} \] つまり、重回帰モデルにおける \(\hat{\beta}_1\) は、別の説明変数を固定(\(\small \Delta x_{2i}=0\))した上で、\(\small x_1\)\(\small \hat{y}\) に与える影響(\(\small x_1\) が変化した際の \(\small \hat{y}\)の変化の程度)を捉えていると解釈できる。また、\(\small \hat{\beta}_2\) についても同様に解釈できる。そしてこの特徴は、k個の説明変数を用いたモデルにも同様に適応できる。