6.1 本章の概要

5 章では、回帰分析の基本的な構造と重回帰分析を中心に結果の解釈方法について説明した。しかしながら、回帰分析は単純な二変数間の直線関係(傾き)を調べる以上の複雑な分析にも応用できる。例えば、マーケティング領域の研究では、消費者の属性(例えば、性別やカテゴリなど)のように、カテゴリを表す変数が被説明変数へ与える影響に関心があることも多い。また、説明変数が被説明変数へ与える影響が、別の要因によって変化するか否かも分析することに関心がある場合も多い。着目する二つの異なる変数のうちどちらが被説明変数へ与える影響が強いかを比較したいという研究目的を持つこともあるかもしれない。もしくは収穫逓減(逓増)や弾力性といった非線形のモデルを推定したいと考えることもあるだろう。

これらの問題を回帰モデルのフォーマット上で表現できれば、我々がこれまでに学んだ手法で分析可能である。しかしながらこれらの発展的な手法については、その背後にあるモデル上の原則を理解していないと、不適切な手法の活用や結果の解釈に至ってしまう。そのため、本章ではこれらの目的を達成するためのモデル定式化や結果の解釈について、その背後にある統計的な理屈も含めて紹介する。具体的には、以下の内容について説明する。

第一に紹介する内容は、ダミー変数の活用についてである。ダミー変数とは、観測個体があるカテゴリに属するなら1を、そうでなければ0を取るような変数のことである。本章ではこのような二値変数を説明変数として用いる方法を紹介する。このような変数を用いた場合、係数の解釈が通常の回帰係数とは異なることに注意が必要である。具体的には、ダミー変数に対応する回帰係数は切片の差、つまり、被説明変数の値に関するグループ間での相対的な高低について示している。

第二に、交差項を用いた回帰モデルを紹介する。次に扱う方法は交差項を用いたモデルである。マーケティング領域ではよく「調整効果」という表現でこのモデルの定式化が用いられる。しかし、研究において誤まった用い方をしているケースも散見されるため、注意が必要である。調整効果という呼称からは、主に着目しているメインの説明変数とその効果を調整する副次的な変数があるかのようなニュアンスが読み取れる。しかしながらモデル化においてそのような扱いの差は存在せず、以下のように定式化される。

\[ y_i = \beta_0 + \beta_1 x_i+\beta_2z_i+\beta_3(x_i\times z_i)+u_i \]

このとき、仮に研究者が \(x\) を主たる研究の関心として持っていたとしても、交差項(掛け算の項)で用いる二つの変数についてはどちらも同様に単独項と交差項の両方を含めることが必要となる。なお、このような交差項を用いた定式化では、ダミー変数と連続変数どちらも利用することが可能である。そのうえで本章では、以下の点について注意を促す:

  1. 交差項には、条件付き効果に関する作業仮説を論じる必要がある。
  • 例、XがYに与える影響は、Zの値に応じて変化する。
  1. 交差項を含むモデルには交差項を構成する二つの変数も含める。
  • 推定モデル上、どちらか一方がメインかのような特定化は行わない。
  1. 交差項を構成する二つの変数の係数を従来の回帰分析結果と同じように解釈してはいけない。
  • 説明変数独立項の係数の意味について注意が必要。

第三に、係数比較を意図した定式化を紹介する。マーケティング領域では稀に異なる説明変数のうちどちらの係数のほうが大きいのかを比較するような議論を行う研究が見受けられる。係数の大小関係を統計的な観点から比較するための現実的な方法のひとつは、説明変数の単位を統一した上で信頼区間を計測することである。第二の方法として本章では、大小比較に関する統計的検定を実行するためのモデルの定式化を紹介する。

第四に、マーケティングの枠組みと密接に関わる定式化の方法として、対数線形モデルを紹介する。マーケティングでは、需要の価格弾力性など変数間の非線形の関係を分析したいという目的を持つことも多い。回帰分析では、推定される係数について線形の形で扱うことで、非線形の関係も分析が可能になる。そのような定式化の方法として、説明変数と被説明変数の両方に対して、自然対数(\(\ln\))を用いた変数変換を行うことで、以下のようなモデルを設計できる。

\[ \ln y_i = \ln \alpha+\beta\ln x_i+u_i \]

このような定式化は一般的に線形対数モデルと呼ばれ、説明変数に対応する回帰係数は「弾力性」を表すことが知られている。より具体的には、このようなモデルの回帰係数は、説明変数が 1% 増加したとき、被説明変数が何%変化するか(変化率)を表していることに注意が必要である。

マーケティングに関する論文や研究レポートでは、これらの発展的な定式化を用いた回帰分析結果を報告することも多い。そのような結果を適切に解釈できるようにするためにも、これらの内容を理解することは重要である。また、これらの手法を実施するためにはその背後にある原則について理解することも重要になる。本章では、これらの内容について、その理屈も含めて紹介していく。