7.1 本章の概要

マーケティング施策の導入したり、戦術要素(例えば、4Ps)の変更はマーケティング意思決定において重要な問題である。その際、どのようにしてその変更によってどの程度消費者の需要が変化を分析、予測すればよいのだろうか?マーケティングリサーチでは伝統的に、「製品を購買したか否か」や、複数ある製品の候補から「どのブランドを選んだか」というような観察可能な選択行動についてのデータを収集、活用することで、上記の問いに答えてきた。

消費者の選択行動は例えば、ある製品を購買していれば 1 を、していなければ 0 を取るような離散データとして扱われる。マーケティングリサーチでは、このようなデータに対して「購入をした人は何%か?」というような円グラフを描くだけではなく、消費者の選択行動を被説明変数、マーケティング戦術要素などを説明変数とする分析モデルを構築し分析する。このような分析モデルは離散選択モデルと呼ばれ、マーケティングのみならず、交通や都市計画分野などにおいても頻繁に用いられている。

Rでは、プロビットモデルやロジットモデルを実行するための関数を用いてこれらの分析が可能である。しかしながら、分析の実行が容易であることに反して、これらの分析を適切に実行し、結果を解釈するためにはモデルの理論的前提についても注意が必要である。そのため、理論的な説明については別途テキストを参照してほしい。ここでは、分析の実行に着目し、主に以下の3つの内容を扱う。

第一に、離散変数を被説明変数とする回帰モデルを最小二乗法で推定する場合について説明する。このような方法は線形確率モデルと呼ばれ、変数間の関係を検証することに着目する際には意図的に採用されることもある。線形確率モデルによって推定された係数は、説明変数が変化したときに被説明変数(ダミー変数)が1を取る確率(反応確率)が、どのように変化するかを示す。しかしながら線形確率モデルの最も大きな問題として、推定結果に基づく予測値が論理的整合性を満たさないというものがある。具体的には、線形確率モデルによって推定された予測値は反応確率を示しているはずであるにも関わらず、予測値が1を上回ったり、負の値を取ることがある。そのため、予測を重視する研究を行う場合や、効果の程度や推定値についての議論が重要である場合には線形確率モデルは適さない。

第二に、線形確率モデルではない推定方法としてプロビットモデルとロジットモデルを紹介する。本章では主にプロビットモデルを中心に説明を行っているが、どちらのアプローチでも非線形の(回帰直線ではなく、回帰曲線を引く)分析を行うことで、推定結果に基づいて計算される反応確率が 0 から 1 の範囲を越えないように調整される。この統計的なモデルの定式化について説明する。その後、潜在変数アプローチと呼ばれる、観察可能な離散変数の背後に観察できない連続的な変数が存在するという視点に基づく定式化を紹介する。マーケティングにおける研究群では、多様な背景を持った研究者が論文を書いているため、同じ離散選択モデルを用いた論文でもその定式化の説明方法が異なる場合がある。その際の手助けになるように、本章では上記の二つの異なる定式化アプローチを紹介する。その後、最尤法を用いてプロビットモデルを推定する方法を紹介する。ここではRでの分析実行方法と結果の解釈についても組み合わせて説明する。

第三にに離散選択モデルの消費者理論への応用について説明する。具体的には効用最大化という理論枠組みから効用関数の構造についてモデル化し、それを分析する手順や考え方について説明する。効用の大小関係に基づきプロビットやロジットモデルといった離散選択モデルを定式化する考え方自体は照井・佐藤(2022)などのマーケティングリサーチのテキストでも紹介されているが、これらの議論を巡る理論的な理解については別途テキストを参照してほしい。

本章後半には、選択肢が三つ以上の場合の選択モデルとして、多項ロジットモデルの概要とRを用いた分析方法も追加的にを紹介している。また、最後には離散選択モデルの推定から実務的含意を得るための具体例も紹介しているため、こちらも合わせて確認してほしい。