10.2 STPその後

セグメンテーションが完了すると企業はターゲティングを行う。ターゲティングにおいては、発見したセグメントの中から標的とする特定のセグメントを選ぶ。その際、自社にとって魅力的なセグメントを選ぶのだが、その魅力は主に以下の要因によって規定される(Jobber and Ellis-CHadwick, 2020):

  • 市場要因:セグメントのサイズ、成長率、収益性
  • 競争要因:競争の状態(数量的情報だけでなく、質的情報も重要)、新規参入者、差別化可能性
  • 政治・社会・環境要因:政治的・社会的傾向、環境問題、技術的変化

基本的に企業にとっては、規模が大きく、成長性も収益性も高いセグメントは魅力的である。しかし、そのようなセグメントに対しては競争も激しくなると予想できる。そこで、競争の状態を観察するのだが、ここでは競合の数だけではなく競合の持っている強みが自社とどのように異なるかを検討することも重要になる。例えば、自動車メーカーにとってアメリカ市場は非常に魅力的なマーケットである。しかしながら、伝統的に欧米の自動車会社が市場を席巻しており、他地域の企業にとっては厳しい競争環境に見えるかもしれない。しかしながら、欧米の自動車会社が持っていた弱点をうまく利用し、競争を優位に進めたのは日本の自動車会社である(Jobber and Ellis-CHadwick, 2020)。つまり、競争の状態に関する質的な側面も含めてセグメントの魅力を評価すべることが重要となる。

政治・社会・環境要因の例として、近年のジェンダーや性役割に関する消費者の認識の変化が挙げられる。このような変化は、新たなセグメントの成長性へ影響を与えるかもしれない。伝統的な価値観のもとでは、女性が育児の中心を担うと思われる傾向があったが、それとは異なる価値観が台頭することによって、育児に関する製品群において男性も魅力的なセグメントになるかもしれない。例えば、自転車小売業者のサイクルベースあさひは、直線的で無骨なデザインながら、チャイルドシートや荷台を追加しやすい機能を有した「88サイクル(ハチハチサイクル)」という製品を販売している。あさひはこの製品を「パパチャリ」としてフレーミングし、家庭内での役割を果たす男性のに向けた自転車としての市場を捉えようと試みている。

セグメントの選択においては、セグメントの魅力だけでなく、自社の能力も考慮する必要がある。どれだけ魅力的なセグメントがあったとしても、そのセグメントのニーズに応えるための能力がなければ、そのセグメントを狙うことは適切ではない。また、自社能力を評価するときには、既存もしくは潜在的な競合との比較のもとで相対的に能力を評価することが大切になる。例えば、自社として製品品質に自信があったとしても、同程度の価格帯でより品質の高い製品を製造できる競合がいた場合には、相対的に能力は低いことになる。

ターゲットを決めた後企業は、製品や提供物を決定し、市場において特有のポジションを専有しようと試みる。この段階をポジショニングという。ポジショニング段階にある企業は、競争的な優位性を得ることに焦点を合わせるのだが、この時消費者に自社製品が優れていると認識されるような情報伝達も必要になる。ポジショニングと消費者の認識との関係については 11 章にて説明を行う。

次節では、定量的なデータを用いたセグメントの探索・発見方法としてのクラスター分析を紹介する。なお、本資料においてはクラスター分析の概要とRを用いた基礎的な分析方法に着目する。そのため、理論的背景や発展的手法については他の資料や著書を参照してほしい。