3.6 研究における理論の利用と精緻化

実証的なマーケティング研究では、結果や議論との間の論理的整合性に寄与する「理論」が重要になる。本講義では理論を、何らかの客観的真理を探求するための主張だとする「実在論」的な立場に基づき捉える。しかしながらここで強調したいのは、科学的な理論が「絶対的かつ不変の真理を意味しない」ということである。言い換えると、理論はあくまで暫定的な仮説に過ぎず、経験的な整合性などの観点から絶えず批判にさらされながら改善していくことが求められる。なお、実在論と相反する立場として「道具主義」という考え方も存在する(吉田, 2021)。道具主義では、科学理論を予想や説明のための便利な道具として捉えるため、用いている理論の経験的正しさは問題視しない。これらの異なる立場に対する優劣を決めるのは困難である。しかしいずれの立場においても、可謬性という、「知識についての主張は原理的に誤りうる」という性質を受け入れ、自己批判と相互批判に基づきより良い理論を目指すことが重要ではないかと言われている(吉田, 2021)。

本資料では、先述の通り、理論を事象の原因と結果に関する一般的(抽象度の高い)理屈であると考える(浅野・矢内, 2018)。マーケティング領域では様々な分野から理論を応用することになるのだが、学術的研究では理論的貢献として、着目する理論的議論や理解を前進させることが求められる。広義の経営学領域における理論的貢献に関して Fisher and Aguinis (2017) は、theory generation(理論生成)、theory testing(理論検証)、theory elaboration(理論精緻化)という3種類のアプローチを紹介している。Theory generationは、ゼロから新たに検証可能な理論や概念を提示することを目的とする。これは、まだ既存の理論がなく説明されていない現象について、新たな構成概念の導出や概念間の関係について論理的かつ十分に納得の行く議論を展開することで新たな知見を提示するアプローチである。一方で theory testing は、既存の理論を検証することを目的とするアプローチである。既存の理論から具体的な仮説を導出し、データを収集し分析することで、提示した仮説的関係が支持されるかを検証するアプローチである。

Fisher and Aguinis (2017) では、theory generation(理論の生成) と theory testing(理論の検証) よりも特に、既存の理論を洗練させ、拡張することに重点を置いたtheory elaboration(理論の精緻化)の重要性が強調された。Theory elaboration は、theory generation や theory testing よりも、漸進的な理論のアップデートについて捉えた考え方であり、既存の理論からの積み重ねによって理論を改善していくプロセスとして期待される。Theory elaboration の主な実施アプローチとして Fisher and Aguinis (2017) は、「対比(Contrasting)」「構成要素の特定(Construct specification)」「構造化(Structuring)」の3つを提示した。

「対比」アプローチでは、異なる理論や構成要素を比較し、類似点や相違点を明らかにする。このアプローチに関連する具体的なプロセスとして、水平的対比と垂直的対比がある。水平的対比は、既存の理論を異なる文脈で検討することで、その理論がどのように適合するかを調べるプロセスである。これにより、異なる文脈での理論の有用性や限界が明らかになる。垂直的対比は、同じ文脈内で異なるレベルの抽象度を持つ理論や構成要素を比較することで、新しい洞察を得るプロセスである。これにより、より具体的または抽象的なレベルで理論を分析し、新しい仮説や洞察を導き出すことが期待される。

「構成要素の特定」アプローチでは、構成要素定義の洗練化や明確化によって構成要素の妥当性を向上させることを目的とする。このアプローチに関連する具体的なプロセスとして、新しい構成要素の指定や構成要素の分割が考えられる。新しい構成要素の指定は、既存の理論で考慮されていなかった新しい概念を特定し、それを定義することである。これにより、既存の理論がカバーしていなかった現実世界の側面を捉えることができる。一方で構成要素の分割は、既存の理論内の概念をより明確に区別し分けて捉えることである。これにより、類似した概念間の区別が明確化され、それらが異なる現象を説明するために使用できることを示すことで、理論の妥当性や範囲を向上させる。

「構造化」アプローチでは、構成要素間の関係をより体系的に整理することを目指す。このアプローチに関連する具体的なプロセスとして、「特定の関係の構造化」、「連続的関係の構造化」、「循環的関係の構造化」などがある。「特定の関係の構造化」では、二つの概念間の特定の関係を明確に定義する。これにより、異なる概念間の関係性がより明確になり、理論が現実世界にどのように適合するかが明らかになる。「連続的関係の構造化」は、概念やイベントに関する一連や順序的な共起関係を説明することである。これにより、現象やイベントがどのように発生し、その結果として次にどのように進行していくかを説明することができる。 最後に、「循環的関係の構造化」は、二つ(以上)の概念間での相互作用(双方向の因果)を説明する。これにより、理論が現実世界でどのように適合し、相互作用がどのように進行するかを説明することができる。

本節では、理論を何らかの真理を探求するためのものだと捉えた。しかしながら、理論は唯一絶対の真理を意味せず、経験的な整合性などの観点から絶えず批判にさらされながら改善していくものである。その意味において理論と仮説は本質的には同質的であるものの、マーケティング領域では、抽象的で様々な分野へ応用可能な概念間の関係を理論、より具体的な変数間の関係を仮説と言う事が多い。また本節では、先行研究から理論をただ援用するだけではなく、既存研究へ理論的貢献を与えるための theory elaboration について説明した。Theory generation や theory testing だけでなく、より漸進的 な理論のアップデートについてその具体的なアプローチも重ねて理解することで、より発展的な論文執筆に役立つことを期待している。