4.1 記述的リサーチデザイン
コンピュータやソフトウェアが発展した現代においては、データを収集し、ある変数についての情報を要約、分析すること自体はさほど難しいことではない。しかしながら、実務的ないし学術的に意義のある研究を行うのは容易ではない。そのためには、研究課題について慎重に吟味しつつ、適切なリサーチデザインを決定する必要がある。リサーチデザインとは、研究プロジェクトを実行するための枠組みや計画案のことである(Malhotra, 2019)。経営学分野におけるリサーチデザインは、田村(2006) にて検討されている。ここでは、Malhotra (2019) を参照に記述的リサーチデザインを中心に説明する。
Malhotra (2019) は、マーケティング・リサーチのタイプとして、大きく分けて (1) 探索的リサーチ、(2) 決定的 (conclusive) リサーチがあるとし、決定的リサーチの中にさらに (3) 記述的リサーチと (4) 因果リサーチがあるとした。探索的リサーチでは、その研究プロセスが非構造(または半構造)的かつ柔軟であり、一般的に定性的方法が用いられることが多い。研究者は、研究や実務に関するアイディアやインサイトの発見、仮説の構築、未開拓領域における研究課題の定義、等を目的にこのタイプの研究を採用することが多い。一方で決定的リサーチを採用する研究者は、特定の仮説を検証したり、変数同士の関係についての分析を目的とすることが多い。このアプローチでは、リサーチプロセスはより構造化され、定量的な分析手法が用いられることが多い。
決定的リサーチの中でも、記述的リサーチは、特定の変数や複数の変数間の関係を明らかにすることで、実証的な問いに回答しようと試みる。記述的リサーチを用いた研究目的の例としては、(1) 関連するグループ(顧客や商圏)の特徴を説明する、 (2) 顧客全体のうち特定の行動を取る顧客の比率はどの程度なのか明らかにする (e.g. ヘビーユーザーの比率)、(3) 企業の操作するマーケティング変数と顧客の購買意図との関係を明らかにする、などが挙げられる。これらはあくまで例であるため、あえて抽象的な表現を用いているが、実際に記述的リサーチ課題を提示する際には、検証可能なレベルにまで焦点を絞ることが必要になる。そして、本書ではおもにこの記述的リサーチに焦点を合わせて、手法を紹介する。
一方で因果リサーチでは、相関関係と因果関係を区別し、先行要因が結果変数へ与える効果について因果関係を想定した形で分析することを指す。相関関係とは、2つの変数XとYの間に、比例や反比例といった共変関係があることを指す。一方で、要因Xを変化させることで要因Yが変化する時、Xを原因でYを結果とする因果関係がある(X\(\rightarrow\)Yと示す)という。つまり相関関係とは異なり、因果関係ではどちらが先行要因であるかという前後関係がはっきりしている。このような因果関係を明らかにする分析手法は一般的に因果推論と言われ、記述的リサーチよりも高度な調査設計・統計的手法が必要となる。本講義は、マーケティングにおける因果推論の応用は扱わないため、別資料を参照してほしい。
リサーチデザインは、研究上の問いと整合的である必要がある。言い換えると、記述的リサーチにより自身の立てた問いにきちんと答えるためには、記述的リサーチで回答可能な問いを考えなければならない。例えば、「Eコマースにおける製品品質補償の提示は新規顧客の獲得につながるのか?」という問いは補償サービスと新規顧客によるEコマースサイトの選択率という2つの変数間の関係にまで論点を落とし込んだ問いとなっており調査・分析が可能である。しかしながら、学生のレポートでは、「Eコマースにおいて顧客獲得に重要な要素はなにか?」のような問いが散見される。このような(何か、なぜか、どのような等)広範な視座を持つ問いは探索的に検討すべきものであり、記述的リサーチによって検証可能な形に具体化がされていない。そのため、このような問いに整合的な回答を提示するためには、探索的リサーチデザインが必要になる。高度な研究では、混合メソッド(Mixed method)アプローチとして、探索的リサーチ(例、インタビューや理論的整理)を行ったあとに記述的リサーチ(例、質問紙調査)を実施するような方法も存在する。しかしながら、本書では単一のリサーチメソッドの採用に焦点を合わせ、記述的リサーチと整合的な問いを立てることを推奨する。
「何か、なぜか、どのような」を捉えた問いは研究者の素朴な疑問が表出しており、研究者の現実的・理論的情報のインプットが不足していることにより提示されることが多い。そのため、先行研究や実務的情報をインプットしたあとに、より具体的で重要性の高い問題を捉えることが、より意義のある検証可能な研究課題につながる。優れたリサーチデザインは、自身の立てた問いに対してどのように調査・分析を行えば整合的な回答を提示できるかを具体化したものであり、研究全体の以下の要素間の一貫性や整合性を保つことができる。
- 着目する事象(実務的課題)
- 研究課題
- (理論と)仮説
- 採用する具体的な変数
- 調査・分析手法
基本的には、リサーチデザインそのものに優劣はなく、「ある方法を採用しているから別の方法よりも優れている」ということはない。ただし、方法そのものがアップデートされたり、ある手法が誤っていると研究によって明らかになることがある。そのような場合を除きどのようなリサーチデザインを採用しているから優れているないし劣っている研究であるということは言えない。そのため、リサーチデザインの決定においては、「自身の立てた問いにきちんと回答できるか」という問いとの整合性が重要になる。この点に注意をして研究課題とリサーチデザインの設計をセットで考えるようにクセづけてほしい。