3.4 問題と分析をつなげる仮説の提示

マーケティングに関する実証分析は、依拠した理論に基づく仮説を提示し、データを用いた分析によって仮説を検証するという形式が取る事が多い。言い換えると、事象を観察し、論理的な説明としての仮説を提示ししたうえで、それを客観的・科学的と考えられる手順で検証するというプロセスを通じて証明を行う。そのため、マーケティング研究における仮説は、検証可能かつ研究課題や研究が依拠する理論と整合的である必要がある。

本資料では、理論を事象の原因と結果に関する一般的(抽象度の高い)理屈であると考える(浅野・矢内, 2018)。詳しくは後述するが、理論について詳細に考察すると、理論は現在広く受け入れられている仮説だと考えられる。そういった意味で、「理論」と「仮説」の間に本質的な違いはないといえる。しかしながら、マーケティング領域では、様々な具体的変数に応用できる「抽象度の高い構成概念同士の関係」を理論と呼び、「より具体的な変数間の関係」を仮説と呼ぶことが多い。ここでいう構成概念とは心理学的研究アプローチにおいて用いられる、直接観測することはできないがその存在を仮定することで測定や観測を可能にするために構成された抽象的概念のことである。例えばマーケティング分野では、「顧客満足」や「顧客エンゲージメント」といった構成概念が用いられる。そのため、本資料では説明の容易さのために、理論と仮説という言葉を区別して用いる。具体的には、理論とは抽象度の高い概念同士の関係を表し、仮説(作業仮説)は、理論を検証するために引き出された特定の変数間の関係に関する記述を指す(浅野・矢内, 2018)。そのうえで仮説は、データに基づく検証のベースとなる記述であるため、その内容は入手可能な変数間の関係として記述することが大切になる。

ここで、「お金がある人ほど衝動買いをする」という理論があったと仮定して、作業仮説化について考えてみる。作業仮説化においては、この理論と整合的かつ測定(検証)可能な変数を捉えた記述であることが重要だと述べた。それを踏まえ、以下の二つの作業仮説例を考える。

  1. 「年収」の高い人ほど「衝動買い性向の程度」が高い
  2. 「買い物時の予算」が多い人ほどその買い物における「非計画購買購入額」が高い

(1)の例は、年収という個人属性と衝動買い性向という心理尺度を捉えており、個人の特性を表す二変数間の関係を示した仮説である。一方で、(2)はある購買客の入店時予算とその買い物時に発生した非計画購買額を捉えている。この二つの例は、作業仮説化において重要な要素である「分析単位の一貫性」を満たしている。基本的に作業仮説化で捉える変数は同一の分析単位である必要がある。どちらの例も、特定の消費者に関する(1)属性と心理尺度と、(2)買い物時の予算と購買額、という形で測定単位が一致している。これがもし、消費者個人の特徴と店舗での売上との関係を記述した仮説である場合、分析単位が異なるため、データによる分析と仮説検証が困難になる。したがって、特別な場合を除き分析単位の一貫性を守ることは重要となる。

先述の二つの仮説は分析単位の一貫性は守っていた一方で、「理論を正確に参照する」という点においては注意が必要である。「お金がある人ほど衝動買いをする」という理論では、「お金」と「衝動買い」という二つの概念間の正の関係が示唆されている。それに対して一つめの仮説では、「年収」という個人属性を示す変数で「お金」という概念を捉えており、個人の心理的傾向としての「衝動買いのしやすさ」を「衝動買い」の変数として扱っている。他方で二つめの仮説では、「特定の購買時点での予算」と、その買い物での「非計画購買の額」を捉えている。「お金がある人ほど衝動買いをする」という理論から導出された仮説としては、どちらもある程度の一貫性がありそうだが、両者は全く違う変数を捉えている。この場合、どちらか一方もしくはどちらも不正確に理論を参照している可能性がある。もしかしたらその理論を提唱している最初の論文を正確に参照すれば、消費者の所得と心理的性向を捉えたものであることがわかり、一つめの仮説化が適切であることが判明するかもしれない。しかしながら、「お金」や「衝動買い」という曖昧で自分にとって理解しやすい別の言葉に置き換えて理論を参照している状態では、その判断もつかない。そのため、抽象度の高い理論に関する論文が難解であったとしても、できる限り正確に、論文が述べていることをそのまま理解する必要がある。また、無意識的にしろ意識的にしろ、研究者にとって都合の良い(測定しやすい)文脈に理論を読み違えて仮説化してしまう場合も散見される。このような問題を避けるためにも、その理論が具体的にどのような視点に基づき議論を展開しているのかについてできるだけ正確に内容を理解することが必要になる。

多くのマーケティング研究では、抽象度の高い理論に基づき仮説を提示し、データを用いて仮説を検証する。仮説の提示においては、着目する研究課題、理論、分析単位の一貫性を保つことが重要になる。本節の後半では特に、理論を正確に参照することの重要性について強調した。本章の以降の節では、学術的研究を実行するために必要となる、マーケティング研究に関する知識や考え方を紹介する。具体的には、学術的研究を実施するうえで特に重要になる科学哲学や、理論的貢献の提示について説明する。