4.3 質問におけるワーディング

本節では、アンケート作成におけるより実務的な注意点を説明する。具体的には、ここではアンケート内で使用する言葉やフレーズについての注意点を説明する。これは、データ収集前に吟味し、修正する必要がある。研究者がアンケート内で用いる言葉や表現の複雑さは、調査のトピックや対象となる回答者特性に合わせて調整すべきである。研究者はよく犯すアンケートにおける言い回し(ワーディング)誤りとして、以下のものが挙げられる。

  • 曖昧な質問
  • ダブルバレル質問
  • 誘導的な表現

曖昧な質問は、質問文の解釈が一意に定まらないような文章による質問を指す。このような曖昧かつ多義的な質問をしてしまうと、回答者と調査者が質問に対して異なる意味を見出してしまうことで、不適切かつ予想外の回答を得る可能性が高まる。例えば、「あなたはいつケーキを買いますか?」という質問を考える。この質問で問われている「いつ」が曖昧であるといえる。回答者はこの質問に対して、一年間のうち特定の月やタイミングを答えるべきなのか、次にいつ(例えば、2週間後等)ケーキを買うと答えるべきなのかが曖昧である。この場合、仮に研究者の意図が後者であったとしても、適切な回答を得ることができないかもしれない。

ダブルバレル質問は一つの質問の中に2つの論点が含まれているような質問を指す。このような質問の場合、回答の含意が一意に定まらず、回答に対する適切な解釈が提示できない。例えば、ホテルにおいてリピート客に対してサービスを評価してもらうようなアンケートを考える。そこで、ホテルの調査担当者以下のような質問と回答選択肢を

  • 「当ホテルの食事や接客サービスにおいて、以前利用した際と比べて何か改善は見られましたか?」
  • 「(1) はい (2) いいえ (3) わからない」

この質問の問題点を明確にするために、ある回答者が「 (2) いいえ」と回答した場合を考える。この回答の含意には、以下の3つの可能性を見出すことができる。

  1. 食事とサービスどちらにも改善がない。
  2. 食事に改善があってもサービスにはない。
  3. サービスに改善があっても食事にはない。

しかしながら、(2) いいえ、という回答が上記のどの理由によって提示されたのかは識別できない。また、このような質問は、回答者を混乱されることにもつながるため、回答にかかる精神的労力を高めるという点からも好ましくない。この場合、「食事に関する改善」と「接客サービスに関する改善」とを別々の質問として問うことが好ましい。

誘導的な質問は、回答者を特定の答えに誘導する傾向のある質問を指す。例えば、以下のような消費者による小売業態への評価や利用に関するアンケートを実施することを考える。

  • 「ドン・キホーテのような安価なディスカウントストアをどの程度利用しますか?」

上記の質問は、質問文による誘導のリスクを含む。「安価」や「ディスカウント」という言葉を強調しており、回答者が頻繁に行くと答えにくいと感じてしまう可能性がある。また、特定の企業を想起させることで、特定の企業に対する評価を誘導してしまう可能性がある点にも注意が必要である。

誘導的な質問は質問文と回答選択肢の組み合わせによっても生じる可能性があるため注意が必要である。例えば、ある政策に対する評価を確認するため、以下のような質問と回答選択肢を考える。

  • あなたの〇〇政策を支持していますか?
  • 「(1) はい (2) いいえ (3) わからない」

この質問は、選択肢による誘導のリスクを含む。その問題点を理解するために、まず「(2) いいえ」という回答を得た場合を考える。「いいえ」という回答では、その回答者がこの政策に対して積極的に不支持なのか、それとも積極的に支持しているわけではないのかがわからない。つまり、「(1) はい」には、積極している支持している層しか観察されず、いいえに回答が集まりやすい設計になっていることがうかがえる。このような場合、例えば「賛成-反対」を両極とするSD法によって回答を得ることで、回答者が当該政策に対してどのような立場に立っているのかがわかりやすくなる。

暗黙の前提を含む質問は、研究者と回答者とで異なることを想定し、適切な回答を得ることができない可能性を高める。例えば、研究者が一般消費者の固定電話の利用頻度を知りたいと考えている状況を仮定し、そのために「あなたの電話の利用頻度について教えてください」と質問したとする。この質問における「電話」とは何を想定しているのだろうか。質問において聞かれているのは自宅等に置かれている固定電話、もしくは携帯電話の利用頻度なのかが不明確である。これは、「曖昧な質問」にも通じる問題も含まれるが、研究者が電話という言葉に対して暗黙的に固定電話を仮定していることが原因で生じた問題だと理解できる。このような問題を避けるために、例えば質問の前に固定電話についての説明やフィルター質問(事前質問)を提示することで、回答者が同じ対象(固定電話)を想定できるように調査プロセスを設計することも有効である。

本書は、実際にアンケートを実施する際にはまず先行研究を調べ参照することを強く勧める。マーケティングに関する多くの尺度はすでに対応する質問文が開発されている。それらのほとんどは信頼性や妥当性の分析をクリアした質問内容なので、それらを引用するのが一番確実である。平たく言えば、とにかくまずは先行研究を探すべきだと言える。先行研究については主に、国際的な査読誌(海外ジャーナル)と、国内の文献とに分けることができる。海外ジャーナルに掲載された論文は、Google scholarや図書館システムから検索しアクセスすることが可能である。こちらの方がそもそもの論文量も多く、また、競争率および査読の水準の高いジャーナルの審査を乗り越えたという点から質の高い論文も多い。ただし、これらで参照できる論文及び尺度は英語で書かれているため、日本語で尺度を引用する場合には、日本語への翻訳と、バックトランスレーションによる日本語訳の適切性チェックが必要になる。一方で国内文献はCiniiや図書館システムから検索及びアクセスすることが可能である。こちらの方が相対的に量は少ないが、すでに適切な翻訳プロセスや、信頼性・妥当性チェックを経た尺度を提示しているものもあり、そのような尺度の場合、追加的努力を節約する形で既存の尺度を引用できる。