3.2 リサーチデザインと論文の構成

良い研究を遂行するためには、自身の立てた研究上の問い、議論される仮説、調査・分析手法や結論といった、研究を構成する要素間の一貫性を保った形でリサーチデザインを決定する必要がある。そのためには、研究に取り組む前に、研究の全体像を把握しておく必要がある。そこで、本章では、研究の全体像を把握・理解するために学術論文の構成を整理しつつ、それぞれの構成要素の役割について把握する。なお、ここで紹介される論文の構成は修士・卒業論文の執筆においても応用できる。また、本節の後半では実務的なマーケティングリサーチレポートにおける注意点も追記する。

マーケティングに関する学術論文は(様々な形態があるが、一般的には)以下の構成として整理できる。なお、以下の内容はマーケティングに関する定量的な実証研究についての形式であるため、アプローチが異なれば構成は変わると考えられる。例えば、定性的なアプローチを用いたテキストとしてはベルクほか(2016)による著書が挙げられる。また、項目の順番も論文の特性によって前後することもある。

  • イントロダクション
  • 現実的(substantive)トピックの文献レビュー
  • 理論的(theoretical)基盤の文献レビュー
  • 仮説の提示
  • 調査分析手法
  • 分析結果
  • まとめと議論

イントロダクションの役割は論文としての「問い」と、その問いにどのように回答するかを簡潔かつ明示的に説明することである。そのうえで、その問いについて答えることがなぜ重要なのか、どのような価値があるのかについて、論文の読み手に理解させる必要がある。そのためには、(1) 論文として着目する問題(および問題の背景)の明示、(2) 研究課題の提示、(3) どのような研究群にどんな貢献を与えるのかについての説明、(4) 論文の概要(実際にどんな結果を得たかなど)の説明、が必要になる。

第二に、現実的(substantive)なトピックの文献レビューについてだが、ここでは着目する現象や実務的課題に対応した先行研究のまとめを記述する。マーケティング研究における文献レビューは主に、(1) substantive なトピックベースで先行研究の潮流をまとめ、課題を見出すレビューと、(2) theoretical (理論的)な議論を整理したり、理論的課題を見出すレビューとに分けることができる。例えばあなたが、「ソーシャルメディアでの炎上における消費者行動を、Fluency theory (Schwarz, 2004; Schwarz et al., 2021) を用いて研究をする」という研究目的を持っていたと考える。このとき、「ソーシャルメディアでの炎上」に関する研究群を網羅的にレビューし、批判的検討を行うことは、substantive な文献レビューであると考えられる。多くの場合、substantiveな文献レビューによって、「そのトピックにおいて今までなにがわかっていて、何がわかっていないのか」を明確にし、研究課題を導出することが多い。一方で、Fluency theory とはどういうものであり、これまでどのような研究蓄積があるのかを整理し議論するような文献レビューは、theoretical な文献レビューであるといえる。

マーケティング領域の研究では、substantiveな文献レビューによって研究課題の明確化、提示している論文が多いものの、理論の精緻化の必要性から課題を明確化することももちろん可能である。つまり、文献レビューと言ってもその役割は大きく分けて二つあり(substantive vs. theoretical)、自身がどのような目的を持ってレビューを行っているのかについてその都度自覚的になる必要がある。その上でこのパートでは、「今までなにがわかっていて、何がわかっていないのか」を明示的に伝える必要がある。このパートではイントロダクションでは説明しきれないより詳細な既存研究の整理を行う。そのためには、著者自身が着目している研究領域や潮流を明確化し、提示した研究課題およびそれへの回答が、どのような貢献をその研究領域に与えるのかについて説明することが求められる。

第三の理論的基盤の文献レビューは先述の theoretical な文献レビューに相当する。このパートにおいては、著者の研究課題を解明するために依拠する理論やメカニズムを提示することが求められる。ここでは主に、研究の文脈に依存しない抽象度の高い理論的枠組みを定義、整理し、議論する。そのため、理論的基盤の参照のためにはマーケティングや経営領域に限らない分野の研究を参照することになる。例えば、先述のFluency theoryとは、人々の情報処理や思考過程を捉えたメタ認知理論であり、主観的な情報処理の容易さ(流暢性)により、態度形成や意思決定に影響を与えることが知られている(Schwarz, 2004)。Fluency theoryはソーシャルメディアにおける炎上固有の理論ではなく、様々な異なる文脈において議論、分析されてきた(Schwarz et al. 2021)。理論的基盤の議論ではこのような抽象度の高い議論について、説明的な記述をすることで、どのような見方で研究対象を論じるのかを明確にすることが求められる。また、理論の定義や潮流の整理に加えて、着目している理論の精緻化や拡張可能性などを見出した場合には、それも議論し、精緻化されたモデルを提示することが好ましい。

第四の仮説の提示においては、先述の理論的枠組みに基づき具体的な変数1に対応する仮説を提示する。なお、「理論」と「仮説」は3.5節で説明するように、根本的には同じものだと考えられる。しかしここでは理解のしやすさを優先し、便宜上研究文脈に依存しない抽象的な議論を理論、それよりも具体的で文脈依存的な予想を仮説と仮定する。仮説は通常、「H1: 〇〇が高まると、〜〜が高まる。」というような説明として提示される事が多い。なお、この仮説で用いられる〇〇などは、分析で扱う具体的な変数と一致していることが求められる。

これに加えて、このパートでは仮説のみではなく、「なぜ、もしくはどのようにして仮説のような予想が可能なのか」という、仮説導出に関わる論拠や理屈を説明することが求められる。論文内で複数の仮説を提示する場合には、各仮説ごとにその論拠も含めて明示的に提示するこが求められる。また、例外や対抗仮説(別の有力な理論)がある場合にはそれも提示し、どのような結果になれば、対抗仮説ではなく著者が依拠する理論仮説が支持されることになるかについても論じるとよい。

第五の調査分析手法の説明において研究者は、自身の立てた仮説を検証するために使う変数をどのように測定、観察(データとして収集)するのかについて、具体的に説明する必要がある。例えば、データ収集方法として、仮説検証のための証拠となるデータを、誰が、どこで、どのような方法で集めた、どんなデータなのかを説明することが求められる。マーケティングにおけるデータ収集では、二次データ(企業のIR情報、政府統計など)、質問紙調査(郵送、オンライン)などを活用することが多い。データの種類についての詳細は「データの種類とアンケートデザイン」節で説明する。これに加えてこのパートでは、どのような分析手法を用いるのかについても説明する必要がある。統計的な分析を実施する場合には、その分析モデルや手法についても明示することが求められる。

第六の分析結果パートでは、分析の結果をありのまま提示し、それが論文内で主張している仮説と整合的な(仮説を支持する)結果なのかを評価し、説明する。統計的な分析を行う場合には、統計学的な原則と自身が提示する結果の解釈が整合的であるかどうかに注意が必要となる。また、ここでは必要な情報を網羅しながらも、表などを用いながら簡潔に読みやすく構成することが求められる。

最後に議論パートでは、この研究がどのような理論的貢献と、実務的含意を有しているのかについて説明する。 理論的貢献では、本研究が既存の知識体系にどのような新たな知見を提供したのかを明示的かつ簡潔に説明する。実務的含意では、研究結果に基づく解釈として、マーケティング実務者へ具体的にどのような行動指針を提示できるかを述べる必要がある。また、このパートでは、研究の限界(手法上の限界など)についても説明する必要がある。なお、限界を説明する場合にはその限界に基づき、どのような将来的な研究機会を見いだせるのかについても説明することが好ましい。

企業におけるリサーチレポートでは、学術論文と異なるいくつかの工夫が必要になる。第一に、レポートの読者層を特定しその読者に向けて書く必要がある。例えば、企業におけるリサーチレポートを書くのであれば、主な読者はマーケティング意思決定者(管理職従事者)である。彼/彼女らは基本的に忙しく、かつ必ずしも統計的分析手法の専門家とは限らないため、レポートは簡潔かつ平易な言葉で書く必要がある。そのため、一般的に不必要な専門用語は避け、直感的かつ説明的に書くことが好ましい。どうしても技術的説明が必要になる場合には、脚注に記す等の工夫が必要になる。また、図表のような視覚的コンテンツで内容を補強することも有効である。第二に、企業におけるリサーチレポートでは、学術論文とは重視する点が異なる。特に、企業におけるレポートでは、既存の文献レビューや理論的議論については多くの場合不要であり、最低限に留める必要がある。このようなレポートでは、文献レビューや理論的議論のかわりに、実務的課題、研究課題、知見、実務的含意(助言)が簡潔かつ明示的に提示されることが好ましい。第三に、レポートの構成も学術論文とは異なることが多い。最もフォーマルな形式のリサーチレポートは、(1)序文、(2)本文、(3)付録という構成で作成される (Malhotra, 2019)。序文パートでは、タイトルページ、カバーレター、目次、エグゼクティブサマリー(要約や概要)、主な発見物や含意(助言等)、などを記載する。本文パートでは、問題背景と研究課題から始まり、調査・分析手法、結果、限界と留意点、結論と含意を説明する。最後に付録では、調査で用いたアンケート項目や詳細な分析結果表など、読み飛ばすことも可能だが、研究内容を詳細に理解するためには不可欠な情報を追加する。企業でのマーケティングリサーチレポートの場合、これらの工夫が必要になるが、リサーチを実行する際に経るプロセスについては学術的研究と共通する部分も多い。そのため、実際にリサーチを実行する前に、本節で紹介したリサーチの全体像を把握することが必要になる。

上記で紹介した構成は、研究を行い、それを文章化する上で必要な情報を捉えている。そのため、研究者は、現実的なトピック、理論、手法の三つの側面について知識を蓄積し研究に望むことが求められる。


  1. 変数の定義については色々とあるが、ここではデータにおける観測対象となっている情報とする(倉田・星野、2011)。↩︎