10.1 セグメンテーションとマーケティング意思決定

セグメンテーションは、セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)に代表される基本的なマーケティング枠組みを構成する重要な要素である。マーケティングにおいて企業は、製品やサービスを通じて顧客に対し価値を提供することを目指すのだが、そのためには、対象となる市場においてどの部分(セグメント)を狙うのかを特定化する必要がある。市場を構成する消費者は、多様な好みや特徴を持っている。その中から似た好みや特徴を持つ消費者グループを見つけ出し特定化することがセグメンテーション(市場細分化)である。

市場におけるセグメントを明らかにすることは、より効果的に標的への価値提供を行うことにつながると期待できる。セグメンテーションを行わない場合、様々な消費者の好みからバランスを取るように、平均的な特徴をもつような製品・サービスを開発することになる。例えば、ホットティーが好きな人もいれば、アイスティーが好きな人もいる。しかしながら、これらの間を取った「ぬるいお茶」を提供しても、誰の好みにも響かない可能性がある。つまり、万人受けを狙って中途半端な製品・サービスを提供することを避けるためにも、市場を細分化して、共通の好みを持つ消費者グループを判別することはとても重要になる。

セグメンテーションを行うための分類基準として、企業はいろいろな情報を活用すると考えられる。理想的には、企業は消費者が求めている便益や好みに基づき市場を細分化したいと考えるだろう。例えば自動車市場において、ある消費者は技術的革新性を、別の消費者は快適性を求めるかもしれない。このような消費者のニーズに基づき市場を細分化することができれば、より効果的な標的市場を決定できる。しかしながら、消費者のニーズに関するデータを直接的に入手できない場合も多い。そのようなときには、(1)消費者属性、(2)心理的情報、(3)行動的情報についてのデータをニーズにつながる代理指標として用いてセグメンテーションを行うことが多い。

消費者属性としては、人口統計的情報や地理的情報が用いられる。人口統計的情報には、年齢、職業、所得、世帯人数、教育水準などが含まれる。これらの情報が消費者のニーズと連動している場合には、人口統計的情報に基づく市場細分化は効果的であると言える。例えば、高品質だが高価格な製品と低価格だが質の低い製品がある場合、所得による市場細分化は効果的になるかもしれない。また、子供がいる世帯といない世帯では、異なるニーズを持っていることも予想できる。

地理的情報として、消費者の居住地域によって異なる好みを表すことがある。例えば、関東と関西のように、食品の味付けに関する好みについて日本国内の地域間で違いがうかがえる。カップうどんやスナック菓子においては、このような味付けに関する地域差を反映させた製品開発を行っており、製品を販売する地域に応じて味付けを変えている。このような人口統計・地理的情報は、測定可能性・容易性が高いという利点を有している。自社内部データや自治体の人口動態情報などによって、自社顧客や特定地域における消費者特性の情報について得ることができる。これらの情報が消費者のニーズや好みと連動している場合には、非常に有力なデータとなるものの、マーケティングの本来的な目的はこれらの情報に基づくセグメントを発見することではないことには、注意が必要である。あくまで、これらの情報の背後にある消費者のニーズの代理指標として利用していることを理解することが求められる。

心理的情報としては、ライフスタイルや価値観、志向といった、特定の商品への評価そのものではない消費者の心理的特性を捉えた指標が用いられる。これらの情報については、アンケート調査などを用いた心理学的手法を用いることによって把握することができる。例えば、低価格志向や環境意識などは製品・サービスに求める価値観と近い心理的特性であるため、例えば自社の既存顧客や店舗を出店しているエリア内において環境問題への関心に基づきセグメントを確認することは、製品開発上重要な情報になりうる。

また、行動につながる心理的な態度(ブランドに対する好意)を捉えた類型も可能になる。これにより、どのようなセグメントが何を好むかを把握することができる。例えば、英国における “comfortable green” というセグメントは、Fairtrade や Green & Black’s を好むが、Asdaやコカ・コーラは嫌っているだと言われている(Jobber and Elis-Chadwick, 2020)。

行動的情報の代表的なものとしては、購買行動に関する情報が挙げられる。例えば、製品やサービスの購買・利用頻度を顧客によるブランドロイヤルティの代理指標として用いることも多い。セグメンテーションを行うためにはまず、「どの情報に基づきセグメンテーションを行うのか」という基準となる情報の選定が求められる。

セグメンテーションは、図10.1 に示されるように、市場に存在する多様な消費者をいくつかのグループに分類することである。セグメンテーションが可能であることの前提には、(1)市場における消費者の好みが異質であることと、(2)共通した好みを持つ消費者のまとまりは見いだせるが、同時に見出したまとまり間での好みの差異も見いだせることである。つまり、異なる好みを持つ消費者の中から、「グループ内類似性」と「グループ間差異」とを基準に複数のグループを見出すことがセグメンテーションであるといえる。

セグメンテーション概要

Figure 10.1: セグメンテーション概要